慢性甲状腺炎
慢性甲状腺炎は自己免疫性甲状腺炎といわれ、まれではありますが、小児の後天性甲状腺機能低下症のなかではもっとも多いものです。
原因
原因はわかっていませんが、甲状腺自己抗体が出現、自己免疫反応が起こり甲状腺腫が出現するものを橋本病と呼びます。国際表記では橋本甲状腺炎というのが一般的です。
甲状腺実質へのリンパ球浸潤、リンパ濾胞の形成、濾胞上皮の萎縮と好酸球変性、間質の繊維化を特徴とします。
細胞性免疫として、まずCD4(ヘルパー)T細胞がウイルス感染などをきっかけに甲状腺特異的に活性化され、次いで細胞障害性のCD8細胞が甲状腺内に呼び込まれ、 それが組織障害の原因になるといわれています。
液性免疫の関与は、同じくCD4細胞が甲状腺内にB細胞を呼び込み、抗甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体、抗サイログロブリン(Tg)抗体が産生されるものと考えられていますが、これらの抗甲状腺抗体が組織障害性は強くなく、抗体価と甲状腺機能低下の程度は必ずしも一致しないようです。
症状
甲状腺腫が主な症状ですが、甲状腺機能低下症を伴わない限り他の症状はあまり認めません。著明な甲状腺機能低下症を伴う場合は低身長、成長障害が見られます。
身長増加率が低下して見つかる例があります。一定の伸び率を示していたのに、急に身長が伸びなくなって発見されることがあります。 診断基準
1.超音波エコー、甲状腺シンチグラムでびまん性に大きくなっていることを確認します。
2.検査所見
@抗甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体陽性
A抗サイログロブリン(Tg)抗体陽性
B細胞診でリンパ球増殖を認める
上記1,及び2,の1つ以上を有するもの 血液検査にては遊離サイロキシン(FT4)低値または正常、甲状腺刺激ホルモン(TSH)高値を示します。
その他甲状腺機能低下症の場合は高コレステロール血症、LDH、CPK上昇することがあります。
治療
甲状腺腫に加えて、FT4低値、TSH高値を示し、甲状腺機能低下症の症状を認める場合はレボサイロキシン(チラージンS)による甲状腺ホルモン補充療法を行います。
FT4が正常でTSHが軽度高値(5-10mU/l )をしめす潜在性甲状腺機能低下症の場合は治療が必要かどうか議論があり、小児では明確な方針は立っていません。
その他
甲状腺腫のある橋本病の場合、治療開始後数ヶ月で甲状腺機能が正常化することもあることから5〜6歳以上の症例では短期間に治療を中止して経過観察することも重要です。 ◆もっと詳しく◆
甲状腺ホルモン
T3・T4
T4は甲状腺濾胞細胞から血中に取り込まれたヨードを原料として合成分泌されるホルモンで、血液中に分泌されたT4のほとんどは甲状腺ホルモン結合蛋白と結合して存在しているが、遊離の状態にある、F(フリー)T4が細胞内に取り込まれ、脱ヨード反応によってT3に変換される。(一部のFT4は細胞内にとどまってそのまま核内に入って甲状腺ホルモン受容体に結合してホルモン作用を発揮する。)この変換は肝臓や腎臓などの末梢組織で行われ、生成されたT3の一部は再び血中に放出され、一部はそのまま細胞核内の甲状腺ホルモン受容体に結合する。T3は活性型の甲状腺ホルモンであり、生物活性はT4の約5倍である。血液中のT3の約20%は甲状腺から直接分泌されたもので、残りの約80%が肝臓などの末梢組織でT4からの変換によって生成されたものである。血液中のT3も大部分は甲状腺ホルモン結合蛋白と結合しているが、遊離の状態にあるFT3(全体の約0.3%)が標的細胞内に取り込まれてホルモン作用を発揮する。血清中のT3、T4濃度は、血清TBG濃度の影響をうけるため、真の甲状腺機能を知るにはFT3、FT4の測定が適している。
小児期のFT3の基準値の上限は成人よりも高いことが特徴である。 FT4とFT3、TSHが基準値に入っている場合は甲状腺機能は正常といえる。
FT4とFT3、TSHが基準値内にあってもTSHが異常値を示している場合には視床下部-下垂体-甲状腺系になんらかの障害が疑われる。
またFT4とFT3、TSHが高値にもかかわらずTSHが基準値〜軽度高値を示している場合にはTSH不適切分泌症候群という。
TSH
TSHは下垂体前葉から分泌されるホルモンで、甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモンの合成、分泌を促進する。TSHの分泌は視床下部から分泌されるTRHによって促進される。血液中の甲状腺ホルモンが増加すると、下垂体のTSH分泌細胞の機能が抑制されると同時にTRH分泌も抑制されるため、TSH分泌が抑制される。逆に血液中の甲状腺ホルモンが減少すると、TSH分泌が増加する。このネガティブフィードバック機構は非常に鋭敏で、血中甲状腺ホルモンのわずかな増減にも敏感に反応する。 甲状腺自己抗体
抗サイログロブリン抗体
サイログロブリン(Tg)に対する抗体。甲状腺機能亢進症、橋本病で30〜50%陽性を示し、自己免疫性甲状腺疾患の診断に有用である。間接凝集反応法をサイロイドテストといい、よく使われてきたが、最近RIA法による高度測定法が開発され、検出感度が向上した。
抗マイクロゾーム抗体(抗TPO抗体)
甲状腺濾胞細胞のマイクロゾーム分画に対する抗体。抗原は甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)。甲状腺機能亢進症、橋本病で80〜90%陽性となる。
間接凝集反応法をマイクロゾームテストという。 TSHレセプター抗体
TSH結合阻害抗体(TRAb、TBII TSH binding inhibitor immunoglblins)
甲状腺の細胞膜TSH受容体にTSHが結合するのを抑制する抗体。未治療バセドウ病では90%以上検出される。
TSH受容体阻害型抗体(TSBAb)
甲状腺刺激抗体(TSAb thyroid stimulating antibodies)
培養甲状腺細胞を用いて、cAMP増加を指標とし、甲状腺細胞膜上に存在するTSH受容体に対する抗体を検出する方法。バセドウ病で90%以上検出される。
TBG
甲状腺ホルモンは血液中では大部分がタンパク質と結合しており、70%がTBGと結合している。TBGが増加すると甲状腺ホルモンは増加し、TBGが減少すると甲状腺ホルモンは減少する。しかし、現在FT4、FT3が測定されるようになったので、あまり臨床的な意義がなくなった。THSが正常な場合にT3,T4が異常値を示す場合に意味がある。
サイログロブリン
サイログロブリンは甲状腺特異的蛋白である。甲状腺濾胞内で合成され、蓄えられる糖タンパク質で甲状腺ホルモンの合成にとって必須のタンパク質である。臨床的意義は少ない。
TRH負荷試験
視床下部-下垂体-甲状腺系の障害部位の同定に役立つ。 (「もっと詳しく」は 文献43 45より)