単純ヘルペスウイルス感染症
単純ヘルペスウイルス(HSV)1型,2型による感染症です。HSVは皮膚や粘膜に水庖性病変を形成する特徴があります。
1型は主に顔、口唇、眼、皮膚部位、中枢神経などの上半身に発病します。2型は外陰部や尿道に病変がおこります。1型,2型ともにヒトに初感染した後、潜伏感染が持続し、再活性化による再発という特徴をもち、年齢、免疫機能の状態に応じヘルペス脳炎、歯肉口内炎、口唇ヘルペス、性器ヘルペスなどを起こしてきます。
特に単純ヘルペス脳炎や母子感染による新生児ヘルペスは重症で、適切な早期診断、治療が非常に重要です。
単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)はヘルペスウイルス科に属し、線状複鎖DNAとエンベロープをもつウイルスです。血清学的に1型と2型がありますが、抗原的にはかなりの交叉がみられます。主として1型は口腔内より、2型は性器より分離されます。
感染経路は垂直感染と水平感染があります。水平感染は飛沫感染および接触感染です。感染はHSVが常に唾液に排出されるため唾液そのものが感染源になります。 潜伏期間は2〜10日です。1型は主に気道,皮膚感染,2型は外陰部より感染することが多いです。
垂直感染は産道感染が主です。初感染の時期は1型が小児期であるのに対し,2型では思春期以後に多いです。
初感染により抗体は上昇し終生持続します。40〜50歳代でのHSV-1型中和抗体保有率は89〜95%です。しかし抗体ができてもウイルスは体外へ排除されずウイルスと抗体が共存をするのが特徴です。母親からの免疫は移行します。
HSVは初感染の後、神経節の細胞の細胞質内にDNAとして潜伏感染します。この潜伏感染はヘルペスウイルスの大きな特徴です。もう一つの特徴は免疫能として細胞性免疫がウイルス感染の制御に重要であり、免疫能の未熟な新生児や免疫不全状態の宿主において重篤な症状を呈することになります。
初感染
1)歯肉口内炎 1〜5歳児に多くみられます。発熱(しばしば39°Cの高熱)が3〜5日続きます。顎下リンパ節の有痛性腫脹、咽頭後壁に続き頬粘膜、舌、□唇内面、口蓋粘膜、歯肉に発赤腫脹が生じ、ついで小水庖が出現し、破れて1〜3mmの丸い紅量を伴う黄白色のびらんができてきます。歯肉は発赤腫脹し出血しやすく、強い痛みのためによだれが多く、食べることができなくなり水分も取れなくなり、脱水となることもあります。粘膜疹は口腔前半部に好発し,口唇やその周辺皮膚に小水ほうを見ることもあります。7〜14日で治癒します。起因ウイルスはほとんどHSV-Iです。 2)ヘルペス性湿疹(Kaposi水痘様ヘルペス)
好発年齢は0〜5歳です。ときには年長児にみることもあります。好発部は頭、顔面、上半身です。湿疹またはアトピー性皮膚炎など出現しているところにHSVが初感染して起こります。全身型と限局型があります。
発熱,食欲不振,不機嫌で始まり,無数の水庖が出現し融合して母指頭大となります。庖臍(水ほうの上にへこみがある)、紅暈(こううん:周りが紅くなる)があります。やがて膿庖、びらんとなりかさぶたを形成します。経過は2〜3週です。予後は良好なことが多いのですが、3歳以下、栄養失調や免疫不全のある児では高熱や全身症状が強く重篤に陥ることがあるので注意を要します。治療は原則として入院加療が必要です。ほとんどはHSV-1型によるものですが2型のこともあります。 3)ヘルペス性癩疸(ひようそ)
ヘルペス性歯肉口内炎から指しゃぶりにより起こることが多いです。手指,特に指端、爪周囲に強い発赤,腫脹を伴った小水庖が集蔟します。ときには癒合し大きい水庖を形成します。所属リンパ節は有痛性に腫大します。ほとんどはHSV-1型です。経過は2〜6週です。 4)ヘルペス脳炎
15歳以下のわが国でのヘルペス脳炎の年間発生は約100例と考えられています。単純ヘルペスウイルスの初感染に続いて起りますが、特別な症状が出ることなく発症することが多いです。側頭葉が好発部位のため、けいれんは部分発作が多いです。意識状態が一時改善し、その後急速に悪化することがあり注意が必要です。 ウイルス性脳炎の項参照してください。
5)新生児ヘルペス感染症
産道からのHSV-2型の感染が主です。5〜9生日に起こることが多いです。臨床像より3型に分類されます。
@局在型(表在型)(20〜30%):皮膚、眼、口腔内などの表在に病変が局在するものです。
予後は良好ですが、皮疹はしばしば再燃します。
A全身型(70〜80%):肝、副腎、咽喉頭部、肺、胃腸、心、脳などに全身的に病変が及びます。致死率は80%以上にのぼります。
9生日までの新生児で元気がない、哺乳力の低下、傾眠、嘔吐、呼吸困難、発熱、けいれん、大泉門膨隆、増強する黄疸、肝脾腫などの徴候があれば十分注意しなければならなりません。特に皮膚、粘膜などにヘルペス感染のある児や、母親に性器ヘルペスの既往がある場合には注意深く観察する必要があります。
B中枢神経型:全身への播種を認めないがHSVが中枢神経系に侵入し脳炎症状を呈したものです。必ずしも皮疹を認めないので診断に苦慮することが多いです。
生命予後は良いのですが、高率に神経学的後遺症を残しやすいです。
再 発
初感染後潜伏感染を続けたHSVが種々の条件により再発した病像です。単純疱疹が主です。熱感、掻痒感、疼痛を生じた後、浮腫性紅斑がみられ、小水ほうが集まって発生してきます。その後痂皮を形成して1〜2週間で治ります。一般に再発を繰り返すにつれ症状は軽くなり、再発までの期間も長くなる傾向があります。初感染後I〜3年は起こりにくいといわれています。
●再発の誘因……上気道感染、発熱、日光、ストレス、疲労、生理、全身衰弱、悪性腫瘍、免疫低下状態。
●好発部位………口唇、口唇粘膜移行部、口囲、頬粘膜、性器、角膜などです。顔面はおもにHSV-1型で性器はHSV-2型で起こります。
診 断
皮膚粘膜病変の典型像は臨床所見のみで容易です。非典型例や早期確実診断が必要な場合は下記の検査を行います。
1)病理検査
病変部(水ほう、潰瘍など)擦過物からの多核巨細胞および核封人体の証明は診断の補助となります。
2)ウイルス学的診断法
以下の方法を行います。
a)HSV分離
水ほう、潰瘍擦過物、髄液、血液などより分離。髄液からの分離は一般に困難です。
b)HSV抗原の証明
●蛍光抗体法・・・感度、簡易さなどの点で優れています。1型,2型の鑑別も可能です。ただ抗原量が少ないと偽陰性になる恐れがあります。水ほう以外の血液や髄液からは検出できません。
●PCR法・・・脳炎では髄液中の超微量のHSV-DNAの検出には本法が適切です。感度が高い、比較的迅速であるといった特徴があります。また病変部の痂皮からでも検査が可能です。
3)血清学的診断法
●酵素免疫法・・・lgG、lgM抗体の分画が可能で感度も高いです。lgM抗体は感染初期に出現しますので初感染には意味があります。
●ELISA法・・・感度が高く,髄液中のlgG、lgM抗体を測定することができます。1型特異的抗体の検出が可能です。
●中和試験(NT),補体結合反応(CF)
鑑別すぺき疾患
@ヘルパンギーナ,鷺口蒼,潰瘍性口内炎.
A伝染性膿拙疹,水痘,帯状庖疹,手足ロ病,虫劇症,丘疹状じんま疹,接触性皮膚
治療
全身療法
抗ウイルス製剤
全身症状を伴う新生児HSV感染症、重症なヘルペス性湿疹、免疫不全を伴うもの、脳炎には抗ウイルス製剤の全身投与をできるだけ早く行います。
アシクロビルの静注、内服を行い、効果が不十分な場合はビダラビンを投与します。
局所療法
口内炎に対してキシロカインゼリーや軟膏、口唇に対してはアシクロビル軟膏(5%)
皮膚にはアシクロビル軟膏、ビダラビン軟膏(3%、アラセナーA)を使用します。皮疹発生後48時間以内に使用しないと効果は期待できません。
予防
@隔離
A帝王切開
B口唇ヘルペスやヘルペス性ひょうそを注意深く見て感染源にならないようにしましょう。
C病変から接触感染しますので、発疹部に触れないようにしましょう。
外来でみる主なHSVによる主な臨床像
初感染
歯肉口内炎
ヘルペス性湿疹
ヘルペス性療疸
角結膜炎
ヘルペス脳炎
新生児ヘルペス
性器ヘルペス
再発
口唇ヘルペス
ヘルペス性感疸
角膜ヘルペス
ヘルペス脳炎
性器ヘルペス
その他のトピック
HAEM(herpes-associated erythema multiforme):単純ヘルペス発症後の1〜2週間以内に、四肢を中心に標的状の浮腫性紅班が出現するものです。
発症率は単純ヘルペス患者の1%でHSV-1、HSV-2のいずれでも発症します。単純ヘルペス発症時にきちんと抗ウイルス剤を使用すれば発症を予防することができると言われています。
文献 1 319P