ちょうばえ  


チョウバエ
 旅行から帰ったとき、浴槽に小さな数匹の虫の死骸が張り付いていた。
いつも気になっている小さな虫たちだ。ネットで調べてみるとチョウバエというらしい。「チョウバエ類はいわゆるハエの仲間ではなく、類縁はカの仲間に近い。ホシチョウバエとオオチョウバエがある」とある。
蚊の仲間らしい。うちにいたのは1〜2ミリの体長と羽の周辺部に黒斑があることからホシチョウバエなのだろう。
「成虫も幼虫も5月から10月にトイレ、厨房、風呂場、排水溝まわりに発生し・・・、」。どうも不潔なところから発生するようである。「被害としては壁にくっついていたり、死虫が浴槽に浮いていたりする。発生場所から細菌類を運搬している可能性もある」と続く。
ここまで読んでなんだそんなものなんだ、と思う。
 ネットのほとんどのページはとにかく駆除方法について熱湯から超強力殺虫剤までの方法が延々と紹介され、その薬剤の宣伝はまるでニュースショーのようだ。
 浴槽でよく見かけるこの三角形の小さな生き物はシャワーの一滴の水でほぼ仮死状態になり、二度と動くことなく簡単に水で流されてしまう。何でこんなに弱いのか。なんだかとても憐れなのだ。浴槽の壁にしがみついているとき、知らずに風呂のふたを閉じようとすると、パニックになり、底の方にひらひらと落ちるように飛ぶ。僕は「そっちじゃないってば!」と、手のひらで何回もすくい上げ彼はようやく脱出する。その後はふらふら飛んで網戸にくっつく。それでもいつの間にかいなくなっている。大量発生は経験がない。どこからどのようにして入ってきて、卵を産むのか。風呂桶の下にでも発生しているのか。成虫は2週以内に死んでしまうらしい。とても短い人生だ。その間彼らは必死で生きているのだろう。
 この虫を愛しい、などと思っているバカは僕だけだろう。なぜか羽も姿もかわいく思えるし、飛び方は極めて稚拙、その上すぐに死んでしまう。とりあえず我が家では何の悪さをするわけでもない。外から家の中に入って、暗く湿った場所、不潔な場所などに卵を産みつけるということだ。
細菌感染?それでも大がかりに強力な殺虫剤で殺すなんてどうにも気が引ける。
 彼らはか弱く綿毛のようだが、生き方に芯がある気がする。それは子孫を残すこと。そのためだけにこの小さな生き物は存在している気もする。同様にこの世の圧倒的多数の生物は命をつなぐためだけに生きている様に見える。
 この子と対峙していたとき、ふと視線を感じた。上の網戸にまだ子どものようなヤモリと目が合った。こちらの子も時に見かけるが、一人で生きているようだ。眼が小さくまん丸でとてもかわいい。狙っていたのか。ひょっとしたらチョウバエの死骸が少ないのは彼が食べているのかも。
 彼らは生き抜くことに必死なのだろう。

 さて、地球という星で大繁栄を誇っている私達人類はどうだろう。ピークがまだの人達はまだ勢いがあるが、日本人はかなり衰退してきている。
先日ハロウィーンが異常な賑わいを見せた。あるテレビ番組で豊国神社が所有する絵巻物にタケノコの仮装をした町衆が描かれていることが紹介されていた。日本人もまた昔から仮装が好きなのかもしれないが、昔の方がよほどセンスが良い。あるコメンテーターによるとクリスマスもバレンタインデーも下火なのに、ハロウィーンは隆盛なのだという。カップル単位ではないことで気が楽、ということらしい。つい最近、有名なタレントが次々と40代で結婚した。富裕層の若者でさえ結婚して子どもを持とうとしないのが今の日本だ。動物という意味では大変考えにくい。ニュースで良く聞くことだが、「ひとりが気を遣わなくていい」「ひとりの時間を楽しむ」「異性とつきあうのはめんどくさい」などという若者が増えている。女性の間でも女子会がつとに盛んである。

 もちろん子どもがほしくてたまらない人達はたくさんいるが、個人、社会的な問題だけではなくなってきている。生物学的に種を維持しようとする命の不思議な力を失いつつある。すでにその生命体としての根幹が抜け落ちで来つつあるのではないか。
遠い将来、終末の太陽に地球が飲み込まれるよりも人類の絶滅がはるかに早いとは思うが、そのなかでも日本人が断然一番先の様な気がする。

(児島医師会報 2015年掲載)

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