北の四島


 中央アジアのタタール人は現在の安定な生活をなげうって、故郷のクリミア半島に帰ろうとしている。スターリンによって一夜のうちに追われた土地である。すでにロシア人が入植しており、さらに彼の地には水道も電気もないという。タタール人に対してロシア人の確執は強い。一部のロシア人が遠いモンゴルの混血である。遊牧民族に常に略奪されてきた農耕民族の積年の恨みがある。
それでも彼らは帰ろうとする。それほどまでに望郷の念は強い。世界中に自分の国へ帰りたくても帰れない民がいる。

 先日あるテレビ番組で択捉島住民のインタビューを放送していた。島民は日本への四島返還についての質問に対し好意的な様子(ほんとかいな!)であったが、彼らは日本の経済協力を期待しているのだろう。ロシアが四島を日本に返還する事など私には考えられない。択捉島は素晴らしい自然がたっぶり残った最後の秘境であるという。可憐な花の咲く美しい湖で束の間の夏を楽しむ若者達は屈託がなく、時代遅れのビキニになんとなくほっとする。一時旧ソ連の食糧難が伝えられたが、南の窮状に比べると北ははるかに豊かである。

 もし、日本に返還されるということになったら、この湖の周りにはきらびやかなリゾートホテルが建並び、蛍光色満艦飾の若者がギンギラギンのサングラスで闊歩し、ウォーター・バイクが湖面を爆走、ゴミや空き缶がまき散らされ、そのため清流は汚され、ゴルフ場やスキー場のため原始林がなくなり、多くの貴重な動植物が失われるなんて事になりかねない。いや多分そうなる。

 島のためには日本に返還されないほうがいいんじゃないかなんて思うのは不遜である。かつて住んでいた土地を追い出された人々のその土地に対する思い入れは私の想像を越える。その人々だけのために返還してほしい・・・・たわごとである。
(1992.7)
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