ホームステイ


 先日娘を送るために大阪空港に出かけた。大変な混雑の中、驚いたのは子供たちの多いことだった。夕方のことで行く先はニュージーランド、オーストラリアとホノルルの便しか残っていなかった。たくさんの子供たちがパスポートを握りしめ、目をきらきらさせながら遙かな外国へと旅立った。オーストラリアの便には子供たちだけで飛行機に乗る子がかなりいたようだ。宿泊はホームステイらしい。未知の世界へ胸をわくわくさせて飛び立ったのだろう。言葉のことなど意に介していないようだ。彼らを乗せたジャンボは輝き始めたたそがれの街を惜しむかのようにゆっくりと飛び去った。本当に素晴らしいことだと思う。私たちが子供の頃には考えもしなかったことである。せいぜい、それほど遠くもない親戚に汽車で行くくらいであったが、それでも充分に胸が高鳴った。

 こんな風に子供たち同士の交流が進むことはお互いの国やその他の国に対する理解が深まり、また興味を持ってその国のことを身近に考え、国際的な感覚が身に付くのだろう。言葉に対する不安、生活習慣の違いを克服し、日本的な考え方から、日本を客観的に見ることができるようになる。いろいろたくさんのことを経験して帰ってきてほしいものだ。

 それにしても他国のことを理解するのは大変難しい。その昔、こわもてのエリツィンは「遺憾であった。」の一言で少年のような宮沢君から大金をせしめた。ロシアでなくただのエリツィンを援助したにすぎない事件だったが、彼は強引な通貨問題でつまずいていた。
 果たして我々の税金は有効に使われるのか。超豪華な生活をしているロシア人の報道もされている。こんな話を聞くとロシアをとても好きにはなれないが、ロシアもまたこの地球号の一員と考えれば相手を理解しようと努めねばなるまい。

 核戦争を防ぐための国際医師の会(IPPNW)の設立メンバーであるロシア人医師エフゲニー・チャゾフ氏は日本とロシアのお互いの理解のためには多くのロシア人と日本人が交流することが大変重要であり、特に若い人々同士、子供たち同士の交流が不可欠であると、そしてまたこれを堅実に続けて行くことによって次第にお互いの精神の理解が深まってゆくだろうと述べていた。

 言葉の壁は大きく、道は遥かである。難しそうだが、少しづつ輪を広げてゆかねばならないのだろう。英語圏ですら理解が進まないというのに、ロシアに対してはなおさらである。日本人はとかく英語圏に向きすぎているという批判もあり、これからは子どもたちがロシアやアジア諸国、イスラム圏にホームステイができるようになれば、日本は国際的な国に変貌できるだろう。遥かな道であるが少しずつ歩んでほしい。(1993.8)
                          
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