100億人


 つい先日、世界の人口が60億人を越えたと報道していた。12年間で10億人増えた計算である。ものすごいことらしいが、のほほん日本に住んでいたら、当然のことながら実感はなく、また、危機感はない。危機感を持とうとしても、明日の食べ物がなくなるなんてことは仮に脳細胞の一部を占拠していたとしても、スーパーマーケットの入り口をくぐるとコンピューターの中のデータのように消え去ってしまう。

 政府もまたこのことについてもなにも考えていない。農業を大切にしていないのは明らかである。日本が自前で確保できる食物は日々、失われている。農作物は高級なもの、付加価値の高いものにどんどんシフトしていて、裏を返すと、虚弱な作物が増えている。しかもそれらの量は少ない。何かことがあったら、日本は飢え死にだ。食物のほとんどを輸入に頼っている国なんて本当に危ないよ。

 危機感がないことは日本人全体に病魔のように広がっている。神戸の地震の時もそうだったが、トルコと台湾の地震にも大変だなと本当に大変だなと思うが、遠いことのように思ってしまう。なんだか人ごとだった。大変おしかりを受けるのは確実だが、あえて言えばきっと人間てそうなんじゃないかと思う。医者でもあるし、こんなこと言っていいのかななんて申し訳なく思うが。

 2050年に世界の人口が 100億人になるということはこれはおそらく大変なことなのだ。生きていることはないと思うが、生きていれば101歳だ。これは無理だが、ことは子どもや孫の時代のことだ。確実に来ることであり、人ごとと考えるべきではない。

 ある科学者は現在の先進国のレベルの生活を維持することのできる地球の能力は30億人程度と言っていた。これは先進国の生活レベルを守れる程度、というもので、現在の貧困に喘ぐ国のレベルで考えると100億人くらいいけるという。つまり、100億人というのはもうこれ以上は無理だし、今の生活はできないということ。

 多分人間はずるずるとこのまま地球を食いつぶしてゆくのだろう。果たしてわれわれの子孫はこの地球の恩恵をうけることができるのだろうか。人間の英知が破滅を回避させることができるのだろうか。

 いずれ宇宙の生活を余儀なくされる日が必ずやってくるのだろう。食糧の問題もあるが、この銀河系の希有な美しい水の星は遠い将来、25億年も経てば確実に太陽に呑み込まれてしまうという。我々の多くの子孫は他の銀河系の地球と同じ様な惑星を探すロケットの中でその一生を終えるのだろう。なにしろ一番近いアルファ星でも 4.3光年かかるのだから。「アトム」にもあったロケットの中の一生。日本人は狭いロケットの中で何とかやっていけるんじゃなあい?と井上陽水が言っていた。僕は今の日本人じゃ無理だと思う。まあ、人類がその頃まで絶滅しなければ。


前の画面に戻る 12年目の彷徨
禁転載・禁複製  Copyright 1999 Senoh Pediatric Clinic All rights reserved.