12年目の彷徨


 児島医師会に入会して今年で丸11年となります。それまで住んでいた松山から児島市民病院小児科勤務を命じられ、赴任したのが1987年6月のことでした。
当時の私は、岡山育ちでありながら、児島のことをほとんど知らなかったのです。知っていることといえば、鷲羽山、塩田、繊維の町であるということくらいだったでしょうか。
小学校の頃、鷲羽山への遠足で、バスの窓から見えた、子供心に不思議な入り浜式塩田の光景とそのはるか向こうにきらきら輝く瀬戸内海に雲のようにたたずむ島々がいまでも鮮明に思い出されます。

まさかこの地に住むようになるとは思ってもみませんでした。
 私にとって、よく知らない土地に開業するのはかなり勇気が必要でした。しかし、たまたま、瀬戸大橋が開通し、児島駅ができ、あの入り浜式塩田跡の瀬戸大橋博覧会が行われた隣の土地を紹介され、あれよあれよという間に、そのまま開業して居着いてしまったのです。
 当時、地元の人間ではない私がこの地で受け入れられるかということが一番の心配事でした。 児島というところは南に瀬戸内海、北に小振りながら竜王山、由加山などを中心にした山々が後ろに聳え、里山を中心とした自然がまだたくさん残っています。せとうち児島ホテルから見た児島の市街地はとてもすばらしいたたずまいを見せています。ここから児島を見たとき、この町に住んでみたいと思う人はきっと多いのではないでしょうか。それくらい魅力のあるところだと思います。

 町という生き物はその中で暮らす人々が作り出すものです。絶えず変化し、凪のように平穏なときもあれば荒々しい息づかいが聞こえてくることもあるでしょう。
町が良い町かどうかはそこで生活する人々にかかっています。それを大きく左右するのはその人々がその町に魅力を感じて一生暮らす、つまり骨を埋めたいと思っているかどうかということではないでしょうか。そして、この町をどのようによくしようかと真剣に考えることだと思うのです。
 今、この町の若い人々はいったいどう考えているのでしょうか。この町に生まれたかなりの人々が出てゆきますが、帰って来たいと思っているのでしょうか。また、新しく入ってきた人の印象は? 人がいなければ町は生きていけません。人々が生き生きしていなければ町は沈んでゆきます。かといって、昨今の若い人たちにのみ迎合するような町では高がしれています。
 私のような外から入ってきたものが感じるのは、児島という地は外から入ってきた人間にとってなじみにくい土地柄だということです。もちろん、これはどこにでもあることですし、私のような性格ではどこに行っても感じることかもしれません。努力が足りないのかも。

 今は児島に住んでいますが、ここに骨を埋めるかどうかはまだ決めていません。もちろんこの町で生計を立てており、「食っていける」のもこの町の人々のおかげと思っています。

 もう何年住むことになるかどうかわかりませんが、いつも児島がより住み易い町になってほしいと思っています。ですから、たとえば、せっかくお金をかけてできた真新しい駅前ががらんとしているのは大変寂しいことですし、そのかわりにといってはおかしいのですが、人々がどんどん山を削って住まなければならないことに疑問を感じます。もちろん、これは児島だけではありません。日本中の里山は切り開かれ、無惨な地肌を晒しています。海も美しい砂浜がつぶされ、埋め立てられながら、利用もされず放置されているところも多く見られます。おそらくはあのムツゴロウの海と同様の結果になるでしょう。
 何百年、何千年の続いてきた風景はこの百年ほどの間にすざまじく変わってきています。
川も汚いし、海も汚れています。それらに対し、慣れっこになっていることが悲しい。
一方人間が作った造形は美しく自然に調和しているものはほんのわずかです。

 さて、人々がその住んでいる土地を愛し、そこで自分の人生を楽しむということはすばらしいことです。そのために必要なことはいったいなんでしょうか。すがすがしい空気、美しい川、きれいな海、緑深い里山などの自然環境。にぎやかで活気があることや文化的なレベルが高いことは非常に大切なことです。買い物も便利なことも。公園がたくさんあって、ゴミもなく、人々も温かくて、優しいそんな町が理想です。
さて、児島がこれらのことをどれだけ満たしているでしょうか。
医療はもちろん大切です。最も重要な事柄の一つでしょう。
私が関われるのはこの点です。一介の小児科開業医がいったいなにができるか考えています。医師としての貢献は当然のことですが、それ以外のことがむしろ必要だと思うのです。それらをぼんやりと模索しながらの毎日です。

(1999.2)


前の画面に戻る 紅葉
禁転載・禁複製  Copyright 1999 Senoh Pediatric Clinic All rights reserved.