あなたはプラタナスのような人ね  


 あなたはこのように言われたらうれしいだろうか?
日本に植えられているプラタナスはそのほとんどがモミジバスズカケノキといわれている。東京の小石川植物園を訪れたとき、スズカケノキという名の巨木の前で、ぼんやりと樹を見上げプラタナスに似ていると思ったのだが、やっぱり僕はものを知らない。
理由がよくわからないが、この樹は人気があるようだ。
 小椋佳は"小さな街のプラタナス"という曲で「二人の両手でかこみきれないプラタナス」と歌った。この大きなプラタナスは最後にはこのふたりの恋の終わりとともに大気汚染などで枯れてしまうのだが、彼らしくない詩であるし、そんなヤワな樹でもない。
 日本で最も植えられている街路樹だそうだ。環境悪化に強く、成長も早い。値段も高くはなく、剪定に強く管理しやすいためだろう。岡山市の市街地にも多く植えられていた。年取った大蛇のようなまだらではげた木肌にごつごつと無骨な幹が醜いほどで、しかも幹がかなりゆがんでいる。淡々と植えられているといった風情だ。この樹木達は何のために植えられているのかとすら思っていた。
 家の前の公園にもどういうわけかたった3本のプラタナスが寂しそうに植えられている。20年以上経って立派な樹に成長はしたが、今春の選定で大きな幹までぶった切られた。それでも恐竜の足跡のような葉がどんどん出てきて、斜に構えてぶかっこうだが樹としての体をなしていて、たくましい。これも何のためにここに植えたのかよくわからない。
 児島駅から児島中央公園に至る歩道に2年前に新しく10本の若いプラタナスが植えられて、今は黄葉している。冬には棘の短いウニのような果実(集合菓というそうな)をぶら下げる。この姿は愛らしく、そこから鈴掛の木というらしい。どうせならここにはその先に並んでいるモミジバフウを植えそろえてほしかった。おもしろいことにこの二つの樹の果実は本当によく似ている。
 この樹を好きと感じる人も多いようで、街路樹として世界中に植えられている。かのピポクラテスが木陰で弟子達に医学を説いたという逸話もある。
 宮沢賢治は「銀河鉄道の夜」でケンタウル祭の夜にプラタナスの枝にたくさんの豆電球をぶら下げ、華やかな人魚の都に見立てた。
ヨーロッパには多く植えられ、ミラノの小さな公園であまりにも巨大なプラタナスに出会い思わず抱きついてごつごつとした感触を楽しんだ。 そしてパリにも本当にたくさんのプラタナスが植えられ、美しい整備された森をなしている。きれいに剪定されていて、どこぞの国の哲学のない剪定とはまったく違う。
ところでガイドさんによるとパリのマドモァゼルは時に男に向かって「あなたはプラタナスのような人ね」というらしい。
プラタナスは木材としては価値がなく、大きいが中身がないといわれている。そういえばプラタナスの柱や家具などお目にかかったことがない。だから、そういわれたフランス男は役立たずといわれるに等しいというわけだ。
 成長が早く、大気汚染に強く、かわいい果実を持つ、けれどあまり美しくないこの樹は本当にそれほどに役に立たないのだろうか。
僕の好みからいえば、あまり増えてほしくない樹ではある。
(児島医師会報 2012年掲載)

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