NHKスペシャルでもち米を古来より育ててきた民族を紹介していた。もち米は米のなかでも奇形種なのだそうだ。もち米を食べる民族はアジアの一部の民族で、固有の文化を持っている。もち米は祭祀と密接な関係があるという。そういえば日本でもお正月に食べることになっている。

 昨年の暮れから、オーストラリアから二人のかわいい高校生のお嬢さんがホームステイしていた。せっかくの機会だからと家内はいつもより念入りお節を作り、雑煮を用意した。箸の持ち方から始めて、日本のお正月のおめでたい料理を食べてもらおうとしたが、彼女たちはおもちをおいしいと言いながら箸ともちの間でさまよい、もがき、格闘の末、ようやく一つ食べた後は、にこやかに笑いながら「おなかいっぱいです。」を連発した。お節料理に対してはまるで小鳥がついばむかのようだった。どうも醤油と塩の味に合わないようである。よくよく聞いてみると元々あまり食べないとのこと。二人とも身長は私より大きいのに。オーストラリアの女性は食べる量が少ないらしい。

 彼らの好物はバーベキュー、サラダ、パスタということであった。2日目のすき焼き、3日目のカレーライスは喜んで食べたが、それでも日本の子ども達に比べると本当に少ない。  オーストラリアの人たちは比較的色々なものを食べると聞いていたが、そうでもないようである。アメリカもまたローストビーフとハンバーグの国である。彼らに比べると日本の食の多様さには驚かざるを得ない・・・・と私は、日本の食文化はすごいと考えようとした。まてよ、そうだろうか。彼女たちの好物は日本のこども達の好物と同じじゃないか。日本のこども達になにが好きかと聞いたら、「お・か・あ・さ・ん・や・す・め・は・は・き・と・く」だそうだ。おわかりですか。オムレツ・カレーライス・アイスクリーム・サンドイッチ・焼きそば(飯)・スパゲッティ・目玉焼き・ハンバーグ・ハムエッグ・ギョウザ・トースト・クリームスープなのです。残念ながらこの好物は子どもたちだけのものではない。
 私も家内に今日何が食べたいかと聞かれ、「ハンバーグ」「カレー」といつも答えるので、家内は聞かなくなってしまった。

 働く女性が増え、子ども達はますますレトルト食品、インスタント食品、ファーストフード(早く死ぬからファーストフードとも皮肉られている)のお世話になる。勿論亭主どもも。こうして日本の食文化は崩壊してゆく。新聞に週3回クリームスープを食べるという夫婦が紹介されていたが(新聞にはお互いの時間がもてるのでと好意的に紹介してあった)、これなどもはや論外。この夫婦の子どもは味覚というものを育てることもなく、家庭の食卓の喜びを味わえずに成長するだろう。事実、味覚の乏しい若者が増えている。嗅覚、味覚のような原始的な感覚を大切にしなければならないと思う。

 だからこそ私は安全なおいしい米が食べたい。米について、日本人には独特の思い入れがある。太古の昔から米を食べ、米を税とし、もち米で神を祭り、米とともにその独自の文化を育ててきた。努力に努力を重ね、おいしい米を育ててきた。だから安い米をたくさん作ったから食べろと言われてもそうはいかない。

 そしてもうひとつ。現在、世界の人口は歯止めがかからぬほど増加している。さらに地球の温暖化。近い将来必ず、食料は不足する。どんなに効率よく作っても、どんな化学肥料が発明されても、必ず、食料は不足してくる。そのときのために日本は少しでも食料を自給できるシステムを残しておく事が必要だと思う。いつ、アメリカが「輸出ヤーメタ」といわない保障はない。ロシアが海峡を封鎖しないという保障はない。


 私たちはどこの民族に対してもその固有の食文化をとやかく言うことはできない。また言われる筋合いもない。鯨を食べることも、自分の国の安全な米を食べることも。そして子どもの味覚を育てるためにも、米とその文化をしっかり守って行くことが大切であると思う。(1995.6)


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