拝啓 シラク大統領殿


 あなたはとうとう核実験を行ってしまいましたね。私は、絶対に人の言うことに耳を傾けようとしない頑迷なフランス人の代表であるあなたが、実験を中止するとは思っていなかったのですが、やはりということですね。大変残念です。かのドゴール主義の後継者として、尊大、傲慢なフランス至上主義を掲げるあなたにとっては、太平洋地域に生きる人々を中心とした核実験反対の声など耳にはいるわけはなかったのです。
 今回の実験を強行したことで、あなたとフランス人は多くのものを失いました。
その最も大きなものが、国際的な信頼です。日本においても、先日もテレビで日本人ほどフランスを好意的にみている国民も少ないといっていました。多くの日本人があなたの国にあこがれ、あなたの国の文化や芸術そして、自由で平等な人間性の思想が深く根付いた生き方を学ぼうとしました。

 私自身、いつかはルーブル美術館を訪れたい、南フランスで休暇を過ごしてみたい、ゴッホの部屋を覗いてみたい、そう思っていました。
 しかし今回のことで私は本当にあなたとあなたの国に幻滅してしまいました。たぶん、私だけではないでしょう。核を持つという手段でフランスを世界の大国にしたいと考えることが、どんなに時代錯誤なことかあなたは気が付かないのですか。核の持つ幻想にとりつかれているのです。
中流国のもがき・・・ですか。本当に愚かなことです。フランスは悲しい国家になってしまいましたね。

 核は決して決して使うことのできない兵器です。相手が核を使えばこちらが核で報復するというカードに過ぎません。使えば終わりです。また、絶対に相手に対し使う兵器で、純粋に防御の兵器ではありません。アメリカのマクナマラ元長官の言うように核抑止力そのものが現実性のないものなのです。それを振り上げて自分は大国と称し、相手を交渉の場で脅かすのですね。ピストルを持った強盗の狂気と何らかわりません。

 あなたは言い訳に、旧ソ連の国々や、北朝鮮、イランなどがいつ常軌を逸して攻撃をしてくるかもしれないと言っていました。どんな狂った指導者が核のボタンを押すかもしれないと。そのために核は必要であると。しかし、あなたのおっしゃるような狂人なら相手が核を持っていようがいまいが、核を使うでしょう。核が人を狂気にするのです。
 そしておめでとうございます。あなたもその中の一人として名前を連ねたのです。フランスは核を使うかもしれないぞと世界に向けて発信したのですから。

 今回のことで他の核を持ちたくてたまらない国が核を持つことに、フランスは反対することができなくなったのです。第二第三のフランスが出てくることは必至です。どんなに平和の御旗を掲げて言を弄しても無駄というものです。

 もう一つ、今回フランスが世界中の非難を浴びているのは、自分の本土とは遥か離れたムルロワという珊瑚礁の美しい島で実験を行ったことです。ほとんどのフランス人にとって核実験は痛くも痒くもありません。被爆の恐れがあるのはタヒチなど近くの島々の人々だけです。実験施行前のテレビニュースでフランス人のインタビューを見ましたが、「これでフランスが強い国になれる」とか、「安全だからいいんじゃない」とか、「とにかく今は休暇中だから考えたくないよ」とかの意見が多かったのには、本当に唖然としました。関心が薄いというのが、ショックでした。
中でも休暇中だからというのが多くて、本当にフランス人らしいなと感じました。自分たちさえよければいいんですね。

 醜い植民地政策を引きずり、大国願望と自国のエゴをむき出しにし、かけがえのない美しい珊瑚礁を壊して、多くの人々と生き物すべてを無差別に死滅させるという破壊兵器の実験のために作ったコンクリートの代物は、あの美しい芸術作品を次々に生み出した国の人々が作り出したものとはとうてい思えません。あなたが本当に必要と思っている核実験を自分の国内で行うということを、もう一度国民と話し合ったらどうでしょうか。了解が得られるはずはありません。あなたの国であるというタヒチやその他の島々の人々の声をお聞きなさい。

 「安全だから」といわれるが、私たちは、海洋探検家の J.クストーさんのいうようにたとえ実験が安全なものであっても、核のない世界を作りたいために実験に反対しているのです。
もう地球をあなた方のエゴで痛めるのはやめてください。あなたはこの先何十年と生きるわけではないのです。
 未来の人々の持ちうるものを破壊する権利はないのです。あなたのスタッフは遠い未来には死の灰がしみ出してくることは否定できないではありませんか。
どうか子供や子孫のために少しでも美しく残してあげてください。
もう核の幻想に縛られるのはおやめなさい。核を捨てて、世界の信頼を勝ち得、平和のためのリーダーを目指したらどうでしょうか。

 大きな刃物は人を傷つけるだけです。核の場合、最悪の結末はあなた自身ではなくて、あなたの子孫たちに降りかかってくるのです。

追伸 私は日本政府の抗議は残念ながら大変情けないものと思っています。フランスが核を捨てるまで、個人的には不買運動はもうひとつ気が乗りませんが、他に抗議の方法がないので、あなたの国の人々に核実験反対、核保有反対の声を知ってもらうために断固として行います。
また、難しそうですが、今回の実験が太平洋フランス領の島々の独立運動につながればと期待しています。かつてあなたの国がサハラ砂漠で実験を行ったときのように。

(1995.9)

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