鶯餅と目白



 朝、庭の連翹(レンギョウ)がガクガクと震えた。花が飛び散っていた。1羽の鵯(ヒヨドリ)が連翹の蜜を吸っていたのだろう。珍しく1羽だけだった。僕が近づいたら、ぴょんぴょんと向こうに跳ねた。飛べないのかと心配したが、いつの問にか消えた。
   春は鳥たちが花を食べる季節。連翹は花が多いが、辛夷(コブシ)や木蓮の花は大きく数も多くないので花がなくなってしまうことがある。実際鵯に花を食べ尽くされ辛夷は枯れた。
 今年もまた椿の隣の木蓮は花びら達がほとんど食べられていたが、緑の新葉がたくさん出てきた。複雑な気持ちになる。

 3月の初め、20年前に庭に植えた琉球椿は背が高くなり、淡いピンク色の小さなかわいい花をたくさん咲かせていた。ふわりふわりと風で揺れている。ある日ぴょこぴょこと花びらたちが 不思議な踊りを始め、次々と移勤していった。よく見ると黄緑色の2羽の小さな鳥が枝にぶら下がって花を突っついていた。目白だった。くるくると回転、とても楽しそう。2羽は大きくは離れない。
かわいくてたまらない。琉球椿の花は小さく、下に向いていることが多いので、逆さまになるのだが、この姿は珍しくないということだった。
 この鳥のことを長い間鶯だと思っていた。鶯は緑と信じていた。目の前にいる鳥は目白である。目白は眼の回りに白い羽毛のフチドリがあるのでこの名前がつけられた。目白は白くない。 目白は椿や梅などの花の蜜が好きで、舌が人の使う筆のようになっており、花蜜にさし込んで舌の先に含ませるようにして食べていると専門書に書かれていた。名前は少し悲しい。
ともに小さい鳥だが、目白の方がさらに小さい。目白は毎年美しい木々の花蜜を吸いに来るようだ。

 2月に鷲羽山で大と散歩していたとき、山道の横にある背の低い木斛(モッコク)に目白が2羽小さな葉と枝の中をくるくると飛び回っていた。信じられない状況だった。ここには花はなく、巣があるのだろうか。 1メートル程度の距離だったので写真を撮ろうとしたが、あっという間に消えた。普通は薮の中から外には出てこないので、花のないところでは出会いにくい。  

 さて、3月になると朝早くから鶯が鳴き始める。鶯は春告げ鳥とされている。 しかし、「ホーホケキョ」ときれいに鳴いていることはほとんどない。初鳴きのようでとてもヘタである。この時期、まだ若鳥だけが鳴いている印象がある。
 朝、まだ暗い頃から「ホキョホキョ」、「ホーホー、キョキョウ」「ホッキョー」が始まる。一生懸命練習している雰囲気があふれていて、とてもかわいいと思ってしまう。
 4月になるとどんどん上手になってくる。近くで鳴いていても鶯を見ることはできない。警戒心が強く、繊細で森林の中からほとんど出てこないということだった。写真を眺めるしかない。

 5月、6月になるとしっかりと「ホーホケキョ」ときちんと鳴くようになる。きれいなリズムで素晴らしく、ソプラノ的だ。しかも自信を感じる。これは雌を誘う美しい歌である。
 さらに色気を感じることがある。この鳥は一夫多妻ということで9月頃までガンガン鳴いて次々に雌を変えていくということだった。歌が上手で、イタリア人男性のようだ。結婚後は別だが。
  朝早くから、空が暗くなっても鳴いている。なかなかのやり手である。きっと目白のようにペアで活動していることはないかもしれない。良いイメージはかなり落ちた。
 「梅に鴬」は縁起の良い取り合わせを表す諺だが、鴬は花を食べることはなく、虫などを食べ、梅にはほとんどいないし、逆さになることもない。
   ところで、鶯餅は不思議なお菓子である。薄緑色の優しい粉に包まれている。小鳥の体に似た形のものもある、早春の菓子ということで、3月になるともう売られていない。
 鴬餅は青大豆から作る鴬粉という名前の粉をまぶして仕上げる。風味は青大豆の特徴である独特の香りが良いのもこの季節だけらしい。青大豆による青きな粉はほんのりと緑がかった茶褐色であり、鴬豆、鴬粉という名前になっていった。
   さて、鴬色は灰色がかった緑褐色で、江戸庶民の文化を通して生まれたが、もともとはもっと茶色で、日本の色「鴬茶(うぐいすちゃ)」の元の色になっている。鴬茶は茶色がかった黄緑色である。江戸時代には「奢侈(しゃし)禁止令」がなされ、派手な色が禁じられた。
  そのため茶系統の色が全盛となり、鴬茶の方が良く知られるようになり、この時代には女性達に鴬色よりも鴬茶を大変好まれたようだ。昔、鴬餅は本物の鴬の色に似ていたが、浮世絵などでも多くの場合、描かれた鴬は緑色になっていった。こちらがやはり好まれたようである。
このような歴史的経過を経て、この言葉の美しさ、雰囲気が色の表現を変えたのだと思う。
 鴬の色は実際、ほとんど茶灰色だが、いろいろな写真の姿を見てみるとなんとなく薄く渋い茶緑色に見えることもある、全く違うとは言いにくい。
 しかし、やはり鴬餅の色は目白の色に断然近い。鴬はすばらしい鳴き声を持つ春を代表する素敵な鳥であり、餅の名前として美しくおいしいイメージを定着させている。
 この名前に魅力を感じるのは間違いない。鴬は黄緑色というイメージは江戸時代から変わっていないようだ。
目白は大変かわいい鳥だが、目白餅ならあまり人気は出ないだろう。
(2021.5)

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