シビック プレリュード ソアラ BMW イタ車 その他

 車は好きである。最初に乗ったのは父の、マツダキャロル360。これは恐ろしく出足が悪く、出るのは音と排気ガスばかりでちっとも前に進まなかった。昔の国道2号線に信号のないところから合流するとき、遙か遠くに車がやっと見えるところで出て、あっという間にその車が後ろに迫って追突しそうになるというスリルが味わった。とてもかわいい車だった。スタイルは少々前のトヨタのWillという車に似ていた。
 その後、父のカローラの初代のものにときどき運転させてもらったが、とてもできのいい車という印象だった。マツダキャロルに比べるとその完成度は高く、自動車という感だった。その当時はじめてのフロアシフトで長い棒状のシフトが妙に不格好だったが、シフト感は悪くはなかった。

シビック
 医師になってから、通勤に使うようになり、初めて自分の給料で中古の白いシビックを買った。初代のシビックのスタイルに心を引かれた。本田はそのころ、オートバイではNO.1のメーカーだったが、車はまだまだといった感じ。しかし、若者を対象にした、車作りと先進性が感じられ、それが魅力であった。その当時、とても安月給だったが(8〜9万円)、無理をして買ったことを覚えてる。とてもスポーティでアグレッシブな感じで音も気に入っていた。なんだかよくわからないまま太いタイヤを履かせて、ジウジアーロのホイールをつけ、大山によくドライブに行ったものだ。

プレリュード
 以来本田ファンとなり、次にプレリュードに乗った。その頃私は三菱自動車工業の病院に勤めており、その当時、三菱車以外に乗るのはとても抵抗があった。しかし、その時に発売されたプレリュードにはとても魅力があったので、周りの方の冷たい視線にもかかわらず購入、顰蹙も一緒に買ってしまった。三菱自工の社宅に住んでいたので、車庫証明を取るに取れず、実家の車庫で取った。速い車ではなかったけれど、エンジンもスムースで、雰囲気を楽しみながら乗ることのできる車だった。
しかし、しばらくして副院長にお小言をいただいた。「おまえが本田の車を買ったから院長が肩身が狭い思いをする。」と。
その当時のH院長は私が大変敬愛していた恩師で、本当にすばらしい小児科医だった。普通の小児科医が持っていない魅力をお持ちの方だった。多くのことに興味を持たれ、小児科学以外にもいろいろなこと、たとえば麻雀、考古学、読書などに打ち込む方だったが、ドライブも大好きで、三菱の車でがんがん走り、キューッキューッとタイヤをならす豪快な走り方をされていた。奈良の正倉院の蔵出しを見に車で連れていってくださったが、横に乗っていてかなり不安だった思い出がある。子供のためはもとより、三菱自工水島病院のために尽くした方だったが、私が新居浜に転勤になったあと心筋梗塞で急死された。本当に惜しい方を亡くした。私にとっても大変悲しいことだった。H先生には今でも申し訳なく思ってる。


その当時の三菱自動車の車は堅実な作りの車と反面少々派手な車はあったが、プレリュードのような魅力のある車がなかったように思った。三菱自動車の方ごめんなさい。いつかは恩返しをしようと思っているが、なかなか果たせずここまで来てしまった。最近のリコールの問題はちょっと良くないと思う。かなり、消費者に対して印象が悪くなってしまった。いったん、イメージを落とすと再び元に戻すのは至難の業だろう。

 次の年、新居浜に転勤になり、下見のためにフェリーに乗り、途中大三島を訪れた。有名な大山祇神社へ向かう途中に上り坂があり、前に軽四のおばさんがのろのろ走ってた。悪いことに舗装工事中で、すごい土埃をあげていたが、道が細く抜くこともできずイライラしていた。イライラが頂点に達したとき、急に下り坂になり、2車線の舗装したての道が目の前に現れた。喜んで、一瞬にして抜き去ったところ、その先の大山祇神社の駐車場で待っているスピード検問に引っかかり(30キロオーバー)、一発免停となった。こんなのあり?そのときプレリュードには電動サンルーフがついていて、このころはとても珍しく(営業の人がサンルーフは岡山県で初めてですと言っていました)、お巡りさんがサンルーフの上から「よう走りそうじゃのう」といってうれしそうに切符を切った。彼らは本当に暇そうで、ほとんど新車のプレリュードが餌食にかかって、本当にうれしかったのだろ。僕の方は頭にきて、そのままUターンして大山祇神社には結局参拝もせずその後も二度と訪れていない。その時にこんなところ二度と来るかと思った。何をしに行ったんだか。

ソアラ
 プレリュードの後トヨタのソアラに乗った。次も本田の車にしようと思っていたが、次の大きめの車が本田にはなかった。当時のソアラのサイドビューが美しく、魅力的だった。2000ccで6気筒24バルブDOHCという宣伝文句につられてしまった。あの有名なスカイライン2000GTRと同じ作りのエンジンだった。走行性能はオートマチックということもあり期待したほどは大したことはなかったと思う。外装、内装、エンジン、足回りなどすべての面で、とても良い作りだったと思う。これがトヨタの車なのだと実感した。ただ、高速道路では安定感はもう一つだった。どうもぼくが車を選ぶ重要なポイントはその横からのスタイルと車の持つ雰囲気で決めているようだ。ソアラもプレリュードもとても横からの眺めがすてきだった気がする。ほとんど故障らしい故障もなく、結局14年乗り、大変気に入っていたが、こどもも大きくなりクーペ型では後ろに乗るのが窮屈になってきて、やはりさすがにガタが来ていた。

BMW
 次にBMWに乗るようにった。BMW5シリーズはグラマラスなボディで走りは豪快、自然吸気のエンジンがとても心地よく吹き上がり、ハンドリングはスムースで足回りもがっちりして、カーブもラインをきっちりとらえてくれ、トータルですばらしい車だった。高速道路でも直進安定性がとても良く、雨の日でも不安になることはなかった。11年乗った(ソアラと重複しています)。これはさすがにしっかり作ってあり、ドアを閉めたときのズシンとした音など重厚な質感があり、うーんとうならせる演出がされていた。少しボディが大きめなのと、エンジン音がやかましいなどの難点があったが、しっかり走ってくれ気に入っていた。やかましいと言われる音も独特のサウンドで悪い気はしていなかった。
 大きなトラブルといえば、ラジエータの故障があった。総社の宝福寺からの帰りに、温度メーターが上がっているのに気がついた。ラジエーターから水が漏れていたのだ。180号線沿いにたまたま自動車屋さんがあったので、水をもらいラジエーターに水を入れようとして、蓋を開けようとしたら、大変熱く時間をかけて、ゆっくりとはずしたにもかかわらず、蓋を開けた途端、熱水があたかも火山のように飛び出し、その蓋はどこかに飛んでいってしまった。折もおり、180号線は大変な渋滞で、たくさんの人が車の中から驚いたように見ていた。幸い蓋は見つかったものの、ラジエーターの方は水が垂れ流しで、とても運転できる状態ではなく、JAFを呼び、牽引して連れて帰ってもらった。JAFの牽引に1万5千円、ラジエーター取り替えに11万円ほどかかったと思う。それでも、あと5年は乗るようにと妻にいわれていた。そこでその年、全塗装をし直した。ずいぶんお金がかかった。それなのに。


イタリア車
 買い換えるという誘惑をうち消しながら乗っていたが、高速道路で少しふらつきが出てきて、不安になったところにたまたま目の前に中古車ではあったが、あこがれのイタ車がぶら下がってきた。実は次の車もBMWにしようと思っていた。
イタ車のページ

その他のお話
 さて、私の尊敬する先輩で前に車が走っていると腹が立つというN先生がいる。普段は大変スマートかつ穏やかな方で、私などとは違って優秀なすばらしい小児科医だが、彼は今のところフィアットのオープンカーに乗っていて、目の前に車がいるとイライラするのだそうだ。そしてすぐにがんがん飛ばして、抜き去るそうだ。人が変わるのだろう。その様子を見たことはない。フィアットは大変やかましいときいているが、ラジオだかカセットステレオだか全然聞こえなくなるそうだ。最近突然止まったとかで、今はその車に乗っているかどうかは定かではない。二度と乗らんとおっしゃっていたから。次は絶対日本車じゃとも。まあどうなるか。気まぐれなところもある方だから。
最近お会いしたらやはり買い換えておられた。

 ところで、エアコンはトヨタのものだ。2世代前のソアラのオートエアコンの方が、BMWや新しいイタ車よりもはっきりと良い。本当に日本の車は静かですばらしい。速いし。
静かに気持ちよく走るのならトヨタ車かメルセデスだろう。
まあ僕は絶対にメルセデスには乗らないだろうけど。いかにもメルセデスという感じで好きではない。今EクラスのサイズではメルセデスEクラスが一人勝ちらしい。BMWの5シリーズはいい車だと思うが、メルセデスが丸目にしてからは太刀打ちできないくらい売り上げで負けているそうだ。顧客の満足度が高いのだろう。

 私の大変敬愛する大先輩のY先生はEクラスのメルセデスに乗っておられるが、前の124だと思うが、の方が断然良いとおっしゃっていた。自動車の雑誌を読んでも性能は前の方が良かったという意見が多いそうだ。この方は大変たくさんの趣味をお持ちでしかもそれがまた高尚でどのことに対してもものすごくハイレベルなのだが、車も大変お好きなようだ。普段は大変物静かで穏やかな方だが、ひとたびハンドルに手が掛かると、猛然と車を駆るといった感じだ。

 その方以外にもお年を召した中年暴走族が私の周りに結構る。おひとり別格本山のような方がおられた。私が大変尊敬申しあげているM先生である。現在我が医師会の会長をされているが、この方も書、詩などよくし、幅広く文学など造詣がとんでもなく深く、非常に穏和な方だが、先日又聞きだが、松本から児島まで5時間で帰ってきたそうだ。長距離がまったく苦にならない方で新潟まで昼食をして、夜に帰って来るという武勇伝が伝わってる。詳しいことは分からないが、いったいどう走ったら、5時間で帰ってこれるのか。確かもう60歳前後と思うが、ものすごい精神力と体力である。飛ばないと無理なんじゃないかとも思う。この方は国産愛好者でクラウンに乗っておられる。参考までに申しあげるとY先生は前会長。児島には暴走する医師が多いのだろう。どうも車に乗ると人が変わる方が多いようだ。

 さて、私の好きだったBMWはMシリーズと称して、2.8リッターのエンジンにタイヤやエアロパーツなど強面にして、単なる格好だけM5に似せた車を作り、ものすごく評判を落としている。M5といえばBMWファンにも垂涎の的、あこがれ中のあこがれ。実は私もM5に乗りたいと思っていた。日本的というか困ったもの。今の僕にはあまり関係ないかな。しかし、実用的にイタ車が使いにくくなったらまた、多分BMWを買うと思う。
(2000.9.15)


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