Grunting Maserati


 普通の人は京都に車で行こうとはあまり思わない。ハイシーズンは特にだ。道は細く普通でもひどく渋滞する。京都市は車で来ないよう勧告している。夏はハイシーズンではないが、五山の送り火などがあり、かなりにぎわう。それにひどく暑い。しかし、迂闊な僕は夏にはそれ程車で行く人は多くないだろうと高をくくっていた。

 しかし、実はお盆の頃は特に全国のお坊さんが集まってくるのだそうだ。だから、東山のあたりは大谷門徒であふれかえるのである。そのまっただ中に僕は繊細で気むずかしいマセラティで迷い込んだのだった。なぜかというと比叡山に行きたかったのである。比叡山はとても不便だと聞いていたのだ。
 高速ではとても快適に走り京都南インターに着いた。インターの手前から混み始め、インターから出るのにかなり時間がかかった。すでにまずいな、と感じ始めていた。すれすれの所をせめぎ合いながらなんとか1号線に出たものの、大変な混雑と超のろのろ運転。外は37か38゜Cという猛暑。
 じりじりしていると、エンジンが唸り始めた。唸るのは暑いために、冷却しようとしてファンがよけいに回るだけということはわかっているのだが。とても不満そうだ。1時間ほどかかって七条を越えたあたりで、check engine なるエラーランプが点灯した。ついに暑さにぶち切れたのだろうか。はたしてホテルまでたどり着けるのか。唸りも大きくなり、頻回になってきた。喘ぐような感じになってきた。この状況はまずい。
 もし、動かなくなったら・・・。このタイプの車は決して油断できないのだ。悪い予感がよく当たる。前の車もそうだった。助手席の妻も何となく青い顔になり、無口になった。僕の手は冷や汗でじっとり。
 4車線の全ての道路が車で埋まり、亀すら横断できそうな状況。もしも、もしも止まったら。どうしよう。JAFの牽引車も近寄ることすらできないだろう。まわりの車達ににらまれるだろう、唾を吐きかけられるだろう、怒号を浴びせられるだろう・・・このくらいで済めばいいが、噛みつかれるかもしれない。人々のイライラが爆発して、「このイタリア車、わけわからへんイタリア車なんかで来よって(?)」と天井をバットでぶん殴られるかもしれない。どうしよう。この道沿いは殺気立っている。・・・祈るしかない。蟻のように進む。祈る蟻だ。
 幸いなことに五条の手前に右にぬける道があり、とりあえず入った。清水山の東を走る東山ハイウエイがあったのだ。ハイウエイの入り口で道がわからなくなって、左に寄せて地図を確認していたら、すぐ前に佐川急便の事務所があり、運転手さんのような人が親切にも道を教えてくれた。しんどそうな岡山ナンバーのイタリア車を見るに見かねたのだろう。そのままあえぎ続けるマセラティを必死であおりながら、山道を走った。止まるのならまだこちらの方がまし。こうして ようやくホテルにたどり着いた。

 ホテルの入り口でおまけが待っていた。この車はエンジンを止めないと、トランクが開かないのである。止めてエンジンがかからなかったらどうしようと思いながら、そのまま駐車場に入れ、自分で荷物を運ぶことにした。ちょっと侘びしい。エンジンを止め、しばらくしてセルを回してみた。かかる、とりあえず一安心。部屋に入り、24時間サポートに電話。V8はよくある症状とのこと。エンジンが冷えて、エラーランプがつかなければ大丈夫とのこと。しばらくしてかけてみたが、またエラーランプがつく。
 今度は京都のディーラーに電話をすると、とりあえず来てくれとのこと。なんとディーラーは京都駅の南、伏見の地。今の道をまた逆戻りしなければならない。うんざりしながら、なんとかディーラーに着いたところ、V8はよくあるんですよと同じように言われた。なんでもエンジンのVバンクの片方にしかコンピューターの温度センサーがなく、高温になるとバランスが崩れて、アイドリングが不安定になり、アラームが出るそうな。よくわからんかった。気化したガスが高温になると、エンジンルームに逆流して、・・・なんとかかんとか。冷やすためにガスの給油口を開けると、気化したガスがシュワッと飛び出した。背筋がザワッとした。エンジンルームを開けて、冷やすこと30分。ガソリンも満タンの方がいいらしい。気化したガソリンの量が少ない方がいいというのだ。とりあえず、エラーランプが消えて、静かに走り出した。五条をぬけ、八坂神社の前を通り、なんとかホテルへ。すでに夕方近くなっていた。

 結局次の日は電車、ケーブル、ロープウエイを乗り継いで比叡山に行った。涼しくて別天地だった。ケーブルからの景色はよかった。いいこともある。
暑い暑い思いをして、帰る日まで、ホテルの地下駐車場で2日間動くことなく、じっくりと冷やされたマセラティは夜、ひんやりとした時間になってから帰路についたのだった。(2003.8)

(2004.6.18)

(Grunt:ぶつぶつ言う、ぶうぶう言う、唸って・・言う)


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