孤食について


 つい最近、NHKで全国の子供たち2500人に食事の風景の絵を描いてもらうという番組がありました。それによると約3分の1の子供たちが一人で夕食を食べていました。
 子供たちは一人で、ある子はテレビを見ながら、ある子はゲームをしながら、あるいはマンガを見ながらたった一人で夕食を食べていました。そして献立の内容は、手の掛からないもの、たとえばラーメン、ピラフ、スパゲッティ、またある子はスープのみとかでした。驚いたことにパンとご飯だけの子もいました。仲村トオルの「邪道だ」というコマーシャルがありましたね。
 発育に必要なミネラル、ビタミン、良質のタンパク質が摂取されていません。肉体的な発育だけでなく、精神の発達にも重要な食生活ができていないのです。
 そのとき彼らの親は父と母だけ、あるいは母だけで食べていたのです。子どもたちは一人で食べて楽しい、と書いていました。はたして本当なのでしょうか。家庭でお互いに関わりを持ちたくない親子が増えているようです。家庭は最小の社会で大元です。
   人間は社会的な動物です。つまり一人では生きていけません。
 私は人間の精神発達の中でもっとも大切なことは自分と他人の違いを認識することだと思うのです。自分と違う他人をどのように受け入れていくのか。なぜ他人と違うのか、なぜ一緒にやっていかなければならないのか。これを知ることが非常に重要なのです。先ほどいいましたように人は一人では生きていくことはできません。無人島で暮らすか人里離れた山の中で暮らす以外は必ず多くの人々に助けられて生きているのです。大金持ちの王様でも例外ではありません。
 しかし今の日本はどうでしょうか。他の人との関わりができない子どもや若者が増えてきています。学校でもじっと座っていることができない。先生のいうことが聞けない。友達と関わりを持てない。じっくりと考えることができず、すぐに切れてしまう。そして、相手の立場で考えることができないので、最悪の場合、相手を殺してしまう。親もその例外ではありません。面倒くさいことはいや、異性と関わるのがいやだから結婚しない、結婚しても普通の話ができず離婚する、子どもができても子どもとの関わりあいの仕方を知らないために虐待などの悲劇が起こっています。
 いわゆる自己中心的な人たちが増えてきているのです。当然ですね。
 子どもが小さいときから親との大切な共有の時間が、つまり食事時間ですが、失われているのですから。 社会や社会のルールを教えるのは親しかいません。「三つ子の魂百までも」といいます。
 私たち小児科医は母乳を飲ませてくださいと言い続けてきました。抱っこして、目と目を合わせて、自分のお乳を飲ませてくださいと言ってきました。スキンシップが子どもの心の発達に本当に大切なのです。
 食べることは生きることです。
食事を共にするということは大変重要なのです。
思い出してみてください。男性はデートの時に必ず女性を食事に誘います。恋愛の基本です。ご主人は「今晩食事をしませんか」といったでしょう。「同じ釜の飯を食った」仲はいつまでもいいといいます。同じ食卓で食事をしながらいろいろなことを話す。これが始まりです。
 子どもとの食事を大切にしてください。どんなに忙しくても子どもとの食事に手と時間と心をかけてください。忙しくて十分なことができなくても心を込めれば子どもは必ずわかってくれます。逃げないで、子どもと向き合ってください。その時にいろいろ話しましょう。一日の楽しかったこと、うれしかったこと、いやだったこと、困ったことを聞いてやりましょう。このときマナーやしつけもしましょう。
食事を一人でするなんて悲しすぎると思いませんか。  子どもが食事を一人でするということはすでにその家庭では崩壊が始まっています。それは学級崩壊につながり、社会性の失われた人間になります。なかなか元に戻すことはできません。後はもう恐ろしいことです。悲惨な事件が続いています。自分や家族に悲劇が起こらない保証はありません。自分の近くでそれが起こらないように祈るしかないのでしょうか。
 どうか皆様、子どもとの食事を大切にしてください。テレビやビデオやコンピューターに子どもの子守をさせないでください。これからの日本の社会を支えるのは皆様の子どもたちなのですから。
(1998.6 講演要旨)

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